5月の第2日曜日は、母の日です。

本店では、森本千絵さん主宰goen゜さんにご協力いただいた、母の日フェアを

開催中していました。

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「この絵本を手にとると、お母さんの姿が思い出される」というような絵本を

数冊選んで、素敵なディスプレイとあったかいPOPとともに置いていました。



たとえば『はじめてのおつかい』(福音館書店)。

 汗といっしょにギュッと握りしめた、手のひらのお金の感触、

 ドキドキしたおつかいの後に見えたお母さんの顔、

 なんとなく自分にもあったような、安心感を思い起こします。



たとえば『あかいはなさいた』(岩波書店)。

 母の日といえばカーネーション。

 でも、寒椿も百日草もチューリップも、美しい赤い花。

 カーネーション代わりに、または一緒に贈ったら素敵かな、と選びました。



まだまだいっぱい。

『ジェインのもうふ』(偕成社)、『キスなんてだいきらい』(文化出版局)などなど。

食卓をイメージしたテーブルに並んだ絵本に、いつも母の姿が重なり、なんとも

嬉しくくすぐったい気持ちになっていました。



私は…

2人のおかあさんには、違う花を贈りました。

きれいな紫の牡丹。それからベタですがピンク色のカーネーション。

2人の喜んだ顔は、お花のようでした。



さて、そんな母の日、こんな絵本を読みました。



『きゅうりさんととまとさんとたまごさん』(童心社)

『わたしのワンピース』(こぐま社)

『ちいさなはこ』(福音館書店)

 ♪あーはあかんべおばけ

『くいしんぼうさぎ』(ポプラ社)

 ♪くいしんぼうのうさぎがバナナをたべた

『おかあさんどーこ』(アスラン書房)

 ♪おかあさん、なーに

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久しぶりに子どもたちが戻ってきてくれて、お母さんのお話もしながら

和やかなおはなし会になりました。

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おはなし会で読んだ母の日の絵本は、これ。

みんな、みんな、おかあさんを探す姿がとってもほほえましいのです。

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震災後、何名かのおかあさんとお話をしました。

 なかなか外出する気持ちにもなれなくて…。

 ニュースをつけていると、子どもが消すんです。

 なかなか寝つけないようで…。

 でも、とてもあそびたがってる。

 というか、色々なかたちでストレスを感じているようなんです!

と。



私も気づいていました。

そして、思い切って、小さなお子さまを持つtupera tuperaさんに声をかけてみました。



「もし、よろしかったら、子どもたちといっしょにおえかきしてくれませんか?」



快く応じていただき、決まったのがこのイベントです。

 「tupera tuperaとハチャメチャ らくがき ワークショップ」

亀山さんが電話口で名づけてくださいました。



イベント当日は、あいにくの雨模様…というか嵐のような日だったのに、

25人の子どもたちが元気いっぱいやってきました。

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まっしろい、大きな大きな紙。

どんなふうになるのか、どきどき。

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子どもたちは、クレヨン・色えんぴつ、サインペン…の中から、まず好きな

1本をえらび、

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紙の上を、線のおさんぽ。

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そこから先は、もう思いっきり、ぐりぐり、ぐるぐる、わぁーーっと

好きなものを、好きな画材で、好きなように描いて、

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ヒト型までとってしまいました。



子どもも大人も、わいわい。

途中泣き出してしまった子も、気をとりなおして、何度もおえかき。

笑い声、泣き声、おしゃべり、

きゅきゅっとマジックの音、さくさく紙を切る音、カリカリ色えんぴつの音。

いろいろな音が聞こえてきました。



「震災後なかなか外出できずにいましたが、来てよかったです。」

そういってもらえて、心から嬉しく思いました。

なにより子どもたちの目の力づよさを間近で見ることができて、大きな力を

もらった気がします。



子どもたちの生きるパワーみたいなものを、感じました。



tupera tuperaさん、本当にありがとうございました。

なにもなかった白い紙に、豊かな色があふれ、みんなで作った新しい物語

が生まれました。

行きたい展覧会、行きたいお店、いつどうやって行こう…って思って

いたら、案外すんなり、答えは「日比谷線」にありました。



まずは、

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メイドインロシア -ロシアの古い雑貨と絵本-

日比谷線、小伝馬町駅から歩いて5分くらいのところにある

チェドックザッカストア・ギャラリーにて。

大好きな、バスネツォフの絵本がたくさんあって、クッキーの文字の

ようなおいしそうなタイトル文字と、あたたかい動物の絵に、いつのまにか

にやーっとしている自分に気づきました。



ちょっと駅のほうに戻って、平澤朋子さんが出展されているグループ展

「PORRAIT」へ。

thorntree galleryという、こじんまりした場所でした。

thorntreeという響きが耳から離れなくて、調べていたら

 「アフリカに自生する、トゲのある種類のアカシア」

と教えてもらいました。



そして、

ナイロビのスタンレー・ホテル内にあるカフェでは、その木のトゲに伝言を刺して、

連絡を取り合ったとか。

人が集い、つながりを広げるその樹木のようにありたいという意味を込めて

名付けられたギャラリーだそうです。



すてき。



アカシアの木は、先日のいせひでこ展で見た絵の中にも、大きな存在感として

私の心に根づいてしまった木。

またアカシア。何かの縁を感じます。



平澤さんの絵は、タイトルがとってもよくて、ほーっといつまでも見てしまいました。

私自身と、最愛のおばあちゃんの姿が重なって、ちょっと涙が出そうになりました。



続いて、、、小伝馬町から終点・中目黒へ。



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ABCでも大変お世話になっている、tupera tuperaさんの展覧会。

中目黒のショップ&ギャラリー MIGRATORY にて。



木を使った立体作品は、いつもの色とりどり&愉快な生き物たちが、どーん

と飛び出してきたようで、とっても元気が出ました。

いつも玄関口で会いたい!と思うような作品の数々でした。



短い日比谷線のタビはおわり。

次はなに線のタビをしてみようかな。

さあ、さえとはるたろうは、1つ進級しました。

さよなら、あひる組。

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こんにちは、うさぎ組。(はる)

さよなら、りす組。

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こんにちは、きりん組。(さえ)



同じ保育園の「2年目」を経験するのは、はじめてのことです。

ふたりとも、母よりも勝手知ったる園での新しい毎日に、心躍らせているようでした。



ピアノ教室の帰り、コンビニのお姉さんから「これにママのにがおえを描いて持ってきてね」

ともらった1枚の紙。

さえは嬉しそうに「ママのえがお描こう!」

はるも嬉しそうに「そうしよう。ママのえがお!」

私の笑顔を描いてくれるんだーと、るんるんしてしまいました。



でも…

ふたりとも「にがおえ」のひらがなを「えがお」と読み間違えていたみたい。

たしかに

に・が・お・え のなかに「え・が・お」の文字が!

笑いがとまらない、新しい1年のはじまりになりました。

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ぽかぽか陽気に包まれて、午前中に読書をしました。

つい何日か前に読み終わった、安房直子さんの『春の窓』が、また私の読書の窓を

ひらいてくれたような気がしています。



『春の窓』こころに響きました。ひさしぶり。

安房さんの作品には、ふと動物が訪れるものが多いのですが、鹿だったりカニ

だったり、なんだか擽られるのです。

春のにおいがふわっと感じられる作品の数々に、やさしい色合いのスカーフが

ほしくなりました。



さて、おでかけしたのは、本日最終日のいせひでこ展。

実家からまっすぐしばらく歩くとたどり着く、とても落ち着く世田谷文学館にて。

今からちょうど6年くらい前の、ちょうど春のはじまりの頃、パリに行ったことを

思い出す、いせさんのスケッチの数々でした。

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『ルリユールおじさん』の出会いの窓が好きで、ルリユールの看板が好きで、

絵の向こうの世界に連れて行かれてしまった作品がありました。

なんて素敵な気持ちなのでしょう。



春の窓にそよぐ春風のことを考えていたら、夜、子どもたちが選んできた

絵本が、不思議にも『はるかぜとぷう』だったのでした。

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震災後2週間くらいたって、やっとイベントが再開できるように

なりました。

おとなしいかしこちゃんと、やんちゃで表情豊かなとうまくん、

そしてお母さん方にお会いできて、心がほーっと落ち着きました。

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今日、読んだ絵本です。



『へんなかお』(白泉社)

『しろくまちゃんのほっとけーき』(こぐま社)

♪おせんべやいた ひっくりかえしてやいた

『かんかんかん』(福音館書店)

♪だるまさん にらめっこしましょ

『ふうせんねこ』(福音館書店)

『ルルちゃんのくつした』(福音館書店)



日本中あちこちで不安なニュースが流れるなか、知らず知らずのうちに

子どもたちも大きなストレスを抱えています。

いつもよりも甘えたり、いつもと泣き方が違ったり、食欲がなかったり…

小さなシグナルが見えたら、母はどーんと構えるしかありません!

そして、ぎゅーーーーっと抱きしめたり、いつもより多く絵本を読んで

あげたり。



今日いらした子どもたちをみて、改めて思いました。

子どもは生きようとしているなーって。

先月より今月、今月より来月、会うたびにできることがひとつ増えます。

そんな子どもたちの姿に、逆にはげまされますねー、と話しました。

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これなら私にもできることかもしれません。

そして、私のまわりの、絵本と本を愛する心やさしい方々にも。



絵本作家・杉山亮さんの3/18・19の日記を必ずお読みになってください。

私は涙が出てしまいました。

被災地の子どもたち、そして大人の方々、絵本の今と未来、いろいろな

思いがつながります。



みんな、おなじ空のしたで ひがしにほんに本をとどけよう!プロジェクト

http://kodomiru.exblog.jp/



新しい本を買うなら、義援金として寄付するのがよいと思います。

家にある、「今読まないおもしろい本」を送ることに意味があるのです。

あくまでも、受け取る人の気持ちを想像して送るから、「届く」のだと

思います。



かなり長いのですが、3/19の杉山さんの日記です。

削ることは難しいので、全部載せてしまいます。

↓↓↓↓↓



1)これは杉山亮が

ホームページ「杉山亮のなぞなぞ工房」の3月19日付の日記に書いたもので

す。

2)まず、業務連絡がふたつです。

 送ってくださる方はざっとでけっこうですから絵本何冊、児童書何冊、ご

自分の住所と名前とほかのプロフィールなどを書いていただけるとあとあと

の記録になるのでありがたいです。

3)杉山に送る前に石丸良枝さんのホームページを必ずごらんください。

「子どもと見る風景」で検索するとたどりつけると思います。

そこではぼくのところ以外で本の預かりをしますと立候補した各地の人が紹

介されています。

京都・名古屋・東京などです。

4)わざわざ山梨の杉山宅に送るよりそちらの方が近くて早そうと思われる

方は石丸さんにメールを入れてそちらの住所を聞いてください。

その方が合理的です。

以上。業務連絡でした。

5)ここから本題です。

さて、いよいよ「絵本児童書を被災地へ大作戦」が始まりますがその前にち

ょっと自分なりに思うことを書いてみます。

長いです。

6)その作戦の話は聞いたけどそれってどうなの、、どうしようかなあと二

の足を踏んでいる人に聞いてもらおうと思って書き始めます。

する以上、大勢の人にじょうずに巻き込まれてもらいたいと願ってです。

7)まず、こういう運動で注意しなければいけないのは送る側が勝手に自己

陶酔してしまうことです。

子どもなら絵本だよね。おもちゃだな。とか勝手に決め込んで一方的にただ

送っていいことしたつもりになってしまう人。

けっこういます。

8)でも、それを送るだけで子どもがまちがいなく喜ぶと思うのはたいてい

大人の幻想です。

9)ぼくのまわりにもそういう単純な偽善ぽい感じを嫌い、そういう人とい

っしょにされたくないなあと思っているクールな部分をもちあわせた人は大

勢います。

10)そして、ぼくもまた、初め少し及び腰だったのは最初のよびかけに書

いた通りです。

11)で、それについてはこう思います。

なにかしなきゃと思いつつ、いい方法が浮かばない時はぼくは知人の提案に

のろうと。その機会を与えてもらえたことに感謝しつつてつだわせてもらお

うと。

一番いいかどうかはわからなくても何番目かにはいいと思えるならそれをし

ようと。

12)こういうのを偽善というなら偽善といわれてもぼくは真っ向から否定

しません。というかできません。

なぜなら最初から善人100パーセントの人なんていない。

これって偽善ぽいかなあ、人のためにやってるように見せかけながらおれ、

自分のためにやっているのかなあ。自分はずるいのかなあ。

なんて自問しつつしかし、そういう行動を重ねてそのうち、なにも考えず楽

にやれるようになった人がはたから見て善人になってるってことなんだと思

います。

13)少なくとも心の中でいくら考えてもなにも社会は変わらない。

最低限、ベタに動き出さないと新しい展開は見えてこないのははっきりして

います。

14)今回も今、被災地で絶対ほしいのは電気や食べ物やガソリンや暖房や

薬と伝わっています。

すべてもっともだと思います。

15)でも、ぼくはガソリンや薬を手に入れて送るすべを知らないし、そこ

はそこをなんとかしようとがんばっている人がいることを信じて、それぞれ

が得意分野で動けばいいと思っています。

ぼくの場合はなぜか子ども畑、書籍畑に知り合いが多いので、いってみれば

そのあたりに土地勘があって楽に動けるんです。

16)そして、絵本や児童書が現地で求めれているものの二番手三番手で、

絶対ほしいものじゃないとしてもあったらいいなというものではあるとは思

います。

その、ちょっとほしいもの部門を受け持つ人もまた、いた方がいいんです。

17)今回はきっと長期戦になります。

あまりに多くのものが一度に奪われ、どう考えても、そう簡単に復興とはい

かないでしょう。

そうなると、人は役に立つものだけでは長続きしません。

本来、花を飾ったり、絵を描いたり歌を歌ったりする変な動物です。

でも、そういう変だけど好きなことをする中で自分の尊厳を保っていくわけ

でそれができないととてもつらいです。

本もまた、なくても大丈夫な人もいるけどないととてもつらい人もいます。

大人も子どももそう。

そこに届けられば最低限の役割ははたされます。

18)次にどんな絵本や児童書を送ったらいいのかという話をします。

なぜなら、絵本や児童書のすべてが子どもの心をケアするはずもないからで

す。

19)絵本とはひらたくいえば絵のある本全般のことでその中にはおもしろ

いものもつまらないものもあります。

当たり前です。

それは映画でも音楽でも美術でもなんにでもいえることです。

20)例をあげると、本好きな大人はどんな本をもらっても嬉しいかという

とそんなはずはありません。

ぼくだって、本屋に入って買いたい本が一冊もなくて出るのはしょっちゅう

です。

たただっていらない本のほうがずっと多いくらいです。

それは子どもだつて同じです。

そこのところをちゃんと押さえて送る本を選ばないと大人の傲慢をおしつけ

る話になってしまいます。

aまず、こう考えたらどうでしょう。

自宅の本棚の中でおもしろくてこれはとっておきたいなあと思うくらいの絵

本や児童書を送るかどうかというところから考える。

子どもがいる人は子どもと相談しながら選ぶ。

bここは絶対、大事なところです。

なぜなら心のこもったプレゼントというのは自分がいいなあと思うものを選

ぶのが原則だからです。

c子どもがそれはだしたくないというかもしれません。

でも、そこで話し合う過程こそボランティアの意味を親子で話し合うまたと

ない場になるはずです。

なんなら子どもと交渉して「なら、この本は手元に置くことにしてでも、こ

の本は送ってあげようよ」なんて親子で被災地に思いをはせながら選んだら

どうでしょうか?

dいいものは自分のところにみんなとっておいてつまらなかつたものだけ送

るとしたら、その考え方は合理的なようでいてとても下品です。

今回の災難を乗り越えるにはみんなが少しづつなにかを失いあい、だしあっ

て、しかし、その結果、いつかみんなでもっと大きなものを得ているかもと

いう長い道を行くしかないだろうと思います。

e第一、被災地はゴミ捨て場ではないし、つまらない本ばっかりいったら現

地の子ども文化はどうなってしまうのでしょう。

fもし、ここで向こうの子どもたちを励ましたいと思うなら自分がこれは名

作・傑作だと思う本、子どもがかって夢中になった本、すぐれた作家のもの

だと思える本、などなど、とにかく自分が責任もって勧められる本を入れて

いこうと考えるものかと思います。

gこんなときこそ、今の日本のぼくらが持っている最良の絵本と児童書の底

力に、「現地に行けないぼくらに代わって子どもたちを楽しませたり、いい

時間を過ごさせてやってね、頼むよ」と願いを託すものでしょう。

そういうレベルの本がまざっていないと力になりません。

では、その本はなにか誰が選ぶのかといえばもちろん、ぼくらの眼力です。

h二点目。

しかし、そう単純でないのが絵本や児童書のおもしろいところです。

そうはいいつつも、自分にはおもしろくないけど他の人にはおもしろいかも

と思える本はあります。

iへたな本、おおあじな本、作者と画家のひとりずもうの本、作者の目が深

いところに届いていない本というのは誰が見てもつまらないのですが、趣味

の違いというのは確かにあります。

虫の本とか鉄道の本とか好きな子は夢中になるけど興味ない子には「フーン

」てなもんです。

それはもう、当然です。そのへんは主観とは別の客観的なセンスの方を導入

して選ぶものかと思います。

j三点目。

でも、です。これは最初の呼びかけに「もう読まないと思う本の中でおもし

ろいものを」と書きました。

ただ、「おもしろいもののみ」と書いてしまうと冊数が少なくなってしまい

そうだからです。

「もう読まない」というところを「不要品」と受け取らないでください。

「それなりにおもしろかったけど、

もう大きくなってしまったから読まなくてもいい」という意味に受け取って

ください。

k絵本や児童書で大事なことのひとつは冊数をたくさん読むことです。

ある程度の数の本を読んでいくうちに自分の好みがなんとなくでき、読みこ

めるようになり、自分なりの名作をさがす基準もできていきます。

だから、ぼくらには子どもに名作を読んでもらいたいなあとひそかに思って

しまいつつ、しかし、そればかりの促成栽培ではよくないとも知っていて、

広い世界を丸ごと提供するような複眼思考が必要になります。

lだから、具体的には「この絵本がうちから出す目玉の本だ」というのは「

エイヤー」と、しっかり何冊かは入れてもらって、そこそこ、これもまあ、

おもしろいかなあくらいのものをたくさん入れてください。

でないと今回の被災者も避難所もはんぱな数ではありません。

冊数がたりないと思います。

mそれから、これはみんな書かないのであえて書きますが、本のとても重要

な要素に「時間つぶし」ということがあります。そのいいかたに抵抗がある

なら「どうせなら、いい時間の流れを持つ」といってもいいです。

nたとえば、ミステリーや時代物が好きな大人は大勢いますが、そういうの

を電車の中で読んでいる時、この本でなにかを吸収しようとかメッセージを

得ようなんて誰も考えていません。

ただ、どうせ同じ時間なら心を動かしていた方が楽しいのです。

そういうところにいわゆるB級アクションものの意味があったりします。

o絵本や児童書にはそういう要素もとてもあります。

そのへんを押さえておかないと「みんな仲良く」だの「命は大切」だのおも

しろさ抜きで向上心をやたら育てようと、メッセージ性の強いものばかりを

選んでしまったりします。

これは今回の本を送る動きとは似合わないと思います。

p(メッセージがあるものがよくないと一律にいってるのではありません。

反論の余地のない陳腐なメッセージだと辟易とするんで考えるに値する、メ

ッセージなら好きなんです。

でないと、子どもは深く考えないで「差別」と聞いたら、あ、「それはよく

ない」といっておけばいいんだなあという処世術をメッセージとして受け取

っちゃうと思うんです)

q本はそのおかげでものがたりの世界にこころを遊ばせていい時間が流れた

というのがまず、大事でその上でなにか得るものがあったというならラッキ

ーってなものかと思います。

rまた、子どもが本に没入している間親が自分の仕事をしたり休息できると

いうのもとても大きな効用です。

s一人で読むもよし、親やまわりの人に読んでもらうもよし、大きい子に読

んでもらうもよし、まわしっこして読んでもらうもよし、いろんな楽しみ方

を作れるのもいいところです。

一冊の本をそこにいる人たちが読みあって、同じものがたりを共有していく

というのもとてもいいです。

tわざわざ、あたらしい本を買う必要はありません。

お金をだすなら、それは義援金でだした方が全体のためだと思います。

u逆に、あんまりポロポロの本や古い本もやめましょう。

もらった子が悲しい気持ちになります。このへんは各人の良識でいきましょ

う。

v子どもはリアルとファンタジーの間を行ったり来たりしながら大きくなっ

ていくものだと思いますが今回の災厄は子どもをあまりにリアル過多に振っ

てしまいました。その現実の前にとりあえず、なすすべはありませんが子ど

もにはやはり、おもしろいものがたりの世界で、いっときでも遠い世界に心

を遊ばせて夢見てもらいたいものです。子どもがにこにこしている顔を見る

ことが大人の生きがいであったりするときも確かにあります。

wさて、長々と書いてきました。

もちろん、これはすべてぼくが個人的に思っているということなんで、だか

らといって送られてきた本をぼくが検閲してピックアップしてしまうなんて

ことは一切ありません。

ご安心ください。

xでは、みなさん、絵本と児童書を送ってください。

ほかの人にもどうぞ、ひろめてくださいますように。

こちらの文もよかったらつけたしてください。

でも、これは逆効果だと思ったらやめてください。

そこらへんは

ご賢察にお任せします。

ぼくの書いたことの中でひとつでもなるほどと思ってもらえるところがあっ

たら幸いです。

y今回の災厄の後始末がいつか一段落したら、協力してくれた大勢の皆さん

とどこかでお会いできますように。

zあまりに長い文になったのでわかりにくいぞとつっこみたい方用に段落ご

とに頭に記号をつけました。

みなさんがじょうずにまきこまれてくれて、また、他の人をじょうずにまき

こんでくれて、この作戦がうまく行きますように!

東北地方太平洋沖地震発生から1週間がたちました。

たくさんの尊い命が失われたことに、深い哀悼の意を捧げます。

同時に被災された方々に対し心よりお見舞い申し上げます。



13日(日)に予定していました、毎月第2日曜日のおはなし会は、

中止となりました。

毎月楽しみに集まってくださる子どもたちといっしょに、絵本を読むことは

できませんでしたが、毎日、被災地の子どもたちにも届くように…と祈りを

こめて、絵本を読んでいます。



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先日、3歳のはるたろうとこんな話をしました。

「地震があって悲しんでいる人たちに、どんなことをしてあげられると思う?」

と聞いてみると、

「はるくんはね、たくさん食べて、大きくなって、おうちを建ててあげるんだ」

ですって。

そうして決まって『だるまちゃんとだいこくちゃん』を読むのです。

もしかして、ですが、

だいこくちゃんの「うちでのこづち」と、だるまちゃんの「うちでのこづつ」から、

誰もが喜ぶものがざっくざく出てきたらいいのにね、と思っているのかな。



元気な私たちができることは、きっと元気を失わないことと、その元気の力

を使うことなのではないか、と晴太郎に教えてもらいました。



あったかいおうちも食べ物もあり、傍には家族がいる。

笑っている。笑うことができる。

話をする相手がいる。

転んですりむいたこと、野菜から虫が出てきてびっくりしたこと、赤いタイツ

よりもピンク色のタイツの方が似合うかなぁという相談…。

たわいのない話をする幸せを、日々感じています。



私にできることは何でしょうか。

「モノ」以上に届けたいものは、もしかして「お話」なのかもしれないと

気づきはじめています。

だから今は元気でいようと、その元気をひとりでも多くの子どもたちに届ける

ことが出来たら、と考えはじめています。

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今回も、新しい顔ぶれ、そしてもう2年目を迎えておにいちゃん・おねえちゃん

になった子どもたちがたくさん来てくれました。

小さなじゅうたんはギュウギュウに。

せいいっぱい大きな声を出しても、子どもたちの声の大きさにはかなわないなー

と思いながら、スタートしました。



だから、最初の絵本は、みんなで声を出してみる絵本から!



『あーといってよあー』(福音館書店)

『いちご』(福音館書店)

♪ちいさな畑をたがやして

『三びきのやぎのがらがらどん』(福音館書店)

『おすわりくまちゃん』(岩崎書店)

♪ちょつちょつあわわ

『あそびましょ』(偕成社)



全体の写真を撮り忘れてしまったので、今日の1冊は最後の『あそびましょ』に。

この絵本では、女の子がくまさんと「あそびましょ」するのですが、

赤ちゃんが喜ぶ手あそびやわらべ歌で「あそびましょ」するので、とってもいい。



「ちょちちょちあわわ かいぐりかいぐり とっとのめ」

聞いたことありませんか?

遠野のわらべ歌風に、「ちょつちょつあわわ」で歌いました。

恥ずかしいのを隠すように、目を手で覆って「ちょつちょつ」、

「口は災いのもと」という意味合いの「あわわ」、

耳元で手をまわし「耳をほじって/すませてよーく話を聞いて」の「かいぐりかいぐり」、

指を目にあてて「世界をよーく見て」の「とっとのめ」。



一つひとつのことばや動作に意味があり、毎日知らず知らずのうちに、

子どもと遊びながらそのメッセージを伝えるわらべ歌。

ヒルズのおはなし会では、少しずつそんな話も交えながら、楽しんでいます。



絵本のあとは、お誕生日会。

3月のお誕生日はさらちゃん、りょうとくん、あんずちゃん、さわちゃん、ななちゃん。

それぞれ本当に大きくなりました。

おめでとう! おめでとう! おめでとう!



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しばらくの間、さえもはるたろうもインフルエンザでダウンでした。

楽しみにしていた今年のひなまつり、さえは欠席。はるは登園。



「ママ、本番行かれなかったね…」

「今日はみんなおめかしだね…」

女の子が主役の日に、そんなことをポツリというさえがかわいそうで、

ちょっと(実は)ガールズデートをしました。



熱はさがっていたので、先生にはナイショで車でおでかけ。

もちろんおめかしもしました。

娘と行く美術館(佐藤忠良展)、ハンバーガー屋さん、ケーキ屋さんは

どれも格別でした。

ナイショ、ナイショの約束、大人になっても忘れないでほしいな。



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今年に入って絵ばかり描いているはるたろう画伯は、春らしい絵を持って

帰ってきたので、はるギャラリーになかまいり。

立派な桜の木の部分はちぎり絵で。(せなけいこ師匠の影響?)

木の麓ではみんながパーティをしているのだそうです。



おとなりは、たっくさんのしゃぼんだま。

画用紙全部を使って、クレヨンや色えんぴつ全色を使うのが好きみたい。



はるたろうの絵は、のびのびしていて、元気をいっぱいくれます。

さえもそんな絵に励まされたようです。